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2020/04/10

18年前の私。
この時はこんな将来があるとは予想もしなかった。

あの時も周りの方に感謝したことはありました。
でも、だからと言ってじゃあ私も周りの方の為に役に立ちたいなんて思わなかった…。


あれから子供が生まれ、難病の治療や受験などでそれまで会ったことのない地方の病院関係者、千代田区の関係者、幼稚園の先生、学校の保健の先生、当時のママ友…言い出せばキリがないほどの沢山の方々に言葉に言い表されないほど、お世話になり助けられてここまで来れました。


お蔭で以下のような子育てをする事ができました。


それは…。

3.11の東日本大震災。



当時娘は小2、息子は丁度幼稚園の卒園式と謝恩会の日でした。
娘はいつものように麻布の商店街をお友達と下校途中に地震が…。
当時、商店街のお店のガラスがガタガタと音をたて落ちて割れたの目にしたようです。
その後先生がすぐに迎えに来てくださり夜まで学校で待機になりました。



私たちは息子の幼稚園で足止めをくらい娘を迎えに行けなっかたのです。
その後、何とか主人が徒歩で娘を迎えに行き暗い夜道を戻りました。


娘の話をよく聞いてみると、真っ暗な道を歩き主人と入ったコンビニには食べるものは一切なく道には沢山の人、ほとんど動かない車の渋滞。そんな夜道を1時間以上歩きやっと帰宅。
明らかに異常事態であることは小2の娘にも感じたようです。


日に日に3.11当日の恐怖が甦り、数日後「怖い」と言葉にし始めた娘。
母として自分にできることは何か、まずは我が子の心のケアに努めました。
私が娘に言った言葉は「怖かったねぇ。」だけではありませんでした。

なぜならシンプルにその時は娘の恐怖を取り除いてあげたかったからです。



人は「誰かのために何かを考え、行動する。」
このことに意識をすれば恐怖心やストレスが軽減でき、そして頑張ることをできる。
私は結婚後、我が子を育てながらこのことを経験していました。


もしかするとこの事が小2の娘にも通用するかもしれないと思い、娘にこう伝えました。



「Rちゃんの怖い気持ちをRちゃんより小さい子たちにこれから感じなくても良くなる日が来たらいいと思わない?」
「だって小さい子が怖いって感じるのは可哀想だもん」



「どうしたら地震がまた来ても怖く無くなると思う?」
「お母さんはねぇ、お天気予報みたいに地震も予報してくれたら嬉しい…。」
「だって早めに揺れる所から離れたり、家族で一緒に行動できるもんねぇ⤴︎?」
「Rちゃんはどう思う?」など…。



その後、娘は余震が続いていた数日は余震が来るたびに自宅にあったボイスレコーダー(私の声を絵本の読み聞かせのために録音に使用していた物)で地震速報時のアナウンサーのように



「ただいま、余震とみられる揺れを感じましたっ。落ち着いて身の安全を確保してください!」
「ガラス窓から離れて、テーブルの下などに移動しましょう!」
など録音して弟と遊ぶように。



その後も子供が持っている強さ、優しさを引き出すことを念頭に言葉がけを徹底。
その後、娘は自ら志望大学を小5で決め…。
中学校入学と共に入塾テストのある塾に最初は一番下のクラスに入塾させていただき、中3からは東大最短クラスに在籍し学習中です。



今年が大学受験の年になりました。
結果は勿論まだわかりませんが、「子供の可能性は育てるように育つ」ことを実感しながら私は今ここにいます。



我が子が将来豊かな人生を過ごせるように、この子育て方法が少しでもお役に立てる事ができるとすれば、是非必要とする方にお伝えしたいと強く思っています。
今回の世界的危機を超えて行くのは現在の小さな子供達も同様です。



外に行きたい、お友達に会いたい、自宅でやる事がなくて暇でしょうがなくストレスを感じる。
こんな感情を持つ子供達にママとしてどんな言葉がけをしています?





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